その1 多面的アプローチの効用
特許調査の出来栄えの合格点が70点であるとしたら、70点以上の調査を行っていれば事業活動に影響があるような問題は起こりにくく、問題が発生したとしても致命傷に至ることは少ないと思います。基本プロセスを手を抜くことなく実施することで達成できる70点の特許調査を、80点に、さらに90点にレベルアップさせるためには、基本プロセスのまわりに枝葉として存在する些細な工夫を一つ一つ積み上げる必要があります。
この講座では、特許調査の精度を高めるための細かなテクニックを、一つずつ取り上げながら、実際の事例を交えて解説していきます。
1.多面的アプローチの効用
多面的アプローチとは、検索式を策定する際に、検索アプローチが異なる検索式を複数ライン作成することです。体系的には以下の3つに大別できると思います。
- 概念の組み合わせ指定が異なる検索式を複数設定する
調査テーマが「レバー操作を軽くしたダブルクリップ」の場合、
「ダブルクリップ and レバー and 操作」という検索式と、
「ダブルクリップ and 操作 and 軽い」という検索式と、
「クリップ and レバー and 操作 and 軽い」という検索式をそれぞれ立案する。
概念の組み合わせを異ならせる以外にも、「主要なダブルクリップ専業メーカーの社名指定」といった検索式を加えても良い。 - 検索に用いる概念は固定しておき、IPC、FI、Fターム、キーワードのそれぞれを使って異なる表現方法の検索式を複数設定する
調査テーマが「レバーが回動するダブルクリップ」の場合、
「B42F1/02B(ダブルクリップのFI) and 全文=レバー×回動」と、
「2C017BA01(ダブルクリップのFターム) and 全文=レバー×回動」と、
「2C017BA02(回動する取手付きダブルクリップのFターム) 指定のみ」という検索式をそれぞれ並列指定する。 - キーワードの同義語、類義語の展開を多面的にする
シソーラス辞書や過去作成検索式を活用しながら上位/下位、形状/機能、日本語/英語、ひらがな/カタカナ/アルファベット等の観点からキーワードの同義語、類義語を展開し指定する。1語を2語で表現する展開例もある。
以上のような多面的アプローチの考え方の下で、平均的には、5つのラインから10個のラインくらいを立案したいところです。この異なるアプローチをしたラインの数の多少が多面的なアプローチの程度を表すことから、『ラインの数=多面度』として数値化することも可能です。特許調査の品質を担保する一つの指標として『最低限実現すべき多面度』を規定することも可能です。
次に、実際に多面的なアプローチにより調査モレを防ぐことができた事例を2つ紹介します。
1つ目の事例は「かな文字入力装置の事例」です。
今となっては、スマートフォンのタッチ画面上で文字入力をする際には、フリック入力が普通に行われていますが、以前には物理的な入力キーボードのキー操作によりフリック入力するものがありました。図1には、フリック入力キーに関する出願(題材公報)と審査の際に提示された引用文献を比較した対比表を示しました。
文字入力の方法としては「かな文字入力」と「ローマ字入力」があると思います。題材公報と引用文献はともに、かな文字入力でありますが、引用文献は「あ・い・う・え・お」の表記が「a・i・u・e・o」のようにローマ字表記で表されています。
そして、それぞれの公報に付与されているFIを見てみると、題材公報には「G06F15/20,504A(仮名入力)」が付与されていますが、引用文献には「G06F15/20,504F(ローマ字入力)」が付与されているのです。引用文献はかな入力であるにもかかわらず、ローマ字入力のFIが付与されています。その結果、かな入力のFIである「G06F15/20,504A(仮名入力)」を特定し検索に用いた場合、題材公報はヒットしますが、引用文献はヒットしません。すなわち、引用文献は検索モレになるということです。
一方で、それぞれの公報に付与されているFタームを確認すると、題材公報と引用文献の両方に「5B009KC01(仮名の直接入力)」というFタームが付与されています。Fタームについては、「a・i・u・e・o」のようにローマ字表記されている引用文献にも正確に「かな文字入力」のFタームが付与されています。
そういったことから、FIの指定のみならず、多面的アプローチを行い、仮名の入力のFタームである「5B009KC01」を指定しておけば、題材公報と引用文献の両方をヒットさせられることになり、FI指定検索で発生する引用文献の検索モレを、Fターム検索により救済することができたということになります。
次に、2つ目の事例についても確認してみましょう。図2と図3には、「リチウム二次電池の電極の事例」について、負極に関連するFI分類とFタームを説明しています。
図2には、二次電池の電極に関するFI分類について、分類の改廃前の旧分類と、改廃後の新分類を抜き出しています。旧分類の時には存在していた「H01M4/02D(有機電解質をもつ蓄電池の負極)」が、2007年に新分類に移行した後は廃止されており、新分類の詳細項目の中には「負極」に関する分類は消滅しました。
このような分類の改廃が行われていた場合、「H01M4/02D(有機電解質をもつ蓄電池の負極)」を指定して検索を行うと、2007年までに発行された公報はヒットしますが、2007年以降に発行された公報はヒットしません。すなわち、2007年以降の公報は調査モレになるのです。
一方で、図3に示した、二次電池の電極に関連するFタームの内容を確認すると、「5H050CB00(負極活物質)」のFタームは、今も昔も変わらず存在していることが確認できました。
以上のような分類の改廃状況であった場合には、「FI=H01M4/02D」の検索式では、廃止となった2007年以降に出願された公報はヒットしない、すなわち、調査モレとなりますが、多面的なアプローチにより「Fターム=5H050CB11」の検索式も加えることにより、2007年以降の出願も含めたすべての期間を対象に負極に関連する特許をヒットさせることができます。
この2つの事例をご覧いただければ、FIを指定した検索式に加えて、Fタームを指定した検索式を多面的に指定することで、調査モレのリスクを軽減できることを理解していただけると思います。特許分類については、付与間違いや、付与ずれが起こっている可能性がありますし、技術の進歩が激しい技術分野では、頻繁に分類の改廃が行われています。このような要因により起こる調査モレのリスクを低減するためには多面的なアプローチは効果的です。
まずは、FIを特定し指定した“検索式その1”と、FIとは分類体系がガラッと異なるFタームを特定し指定した“検索式その2”と、特許分類は指定しないキーワード指定のみの“検索式その3”を指定した「多面度=3」の展開を行うところから多面的なアプローチを始めてみてはいかがでしょうか。
今回の特許検索講座の解説は以上です。次回は「その2 PCT日本語出願の検索のポイント」について解説します。
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