その7 特許検索事例研究のススメ
検索式立案プロセスを学んだ後には、できるだけ数多くの案件に取り組み、学んだ手法を自分のものにしていく必要がありますが、同時に、それぞれの案件に取り組むことで得られた新たな知見を蓄積していくことも重要です。
特に、「こんなことをすると調査モレが起こる」とか、「こうすると調査モレを防げる」とか、「こんな工夫をすれば効率的に欲しい特許を検索できる」といったノウハウを多く知ることで、特許調査の精度をさらに高めることができます。
この講座では、検索実務や検索事例研究活動により得られたいろいろなノウハウについて解説するとともに、効果的な学びの機会となる検索事例研究の活動の進め方を紹介します。
6.特許検索事例研究のススメ
一般的に特許調査を実施する際には、先行する特許が在るのか無いのか分からない状態で検索戦略を立案し、ヒットした母集合のスクリーニングを行います。その結果、関連する特許が見つかることもあれば、見つからないこともあります。見つかったから正解ではなく、見つからなかったことも間違いではありません。
このように、正解が分からない特許調査の作業プロセスを、良いとか悪いとか評価することは難しいのですが、実際に行われた特許出願の審査の過程で、拒絶理由として提示された引用文献は、ある意味において、先行技術調査の正解であると言えると思います。
この、ある意味で正解である引用文献を、どのような検索式を立案すればヒットさせることができるのか、さらには、どんな工夫をすれば、より少ないヒット件数で効率的に引用文献をヒットさせることができるのか、または、どんな検索式を立ててしまうと引用文献が漏れてしまうのかを考察することは有意義であると思います。
特許検索事例研究とは、拒絶理由に学ぶ特許検索式の立案ノウハウを得るための活動であり、本編で紹介している様々なノウハウやかんどころは、過去に事例研究を行って得られたものです。
(1)活動の進め方
図17には活動の進め方の概要を示しました。
新規性または進歩性が欠如しているとして拒絶理由通知書が出されている特許出願を題材として、拒絶理由通知書の中で提示されている引用文献を見ることなく、題材の公開特許公報の【請求項1】に基づく先行技術調査を実施します。
先行技術調査といっても、公報の抽出までを行うのではなく、実施するのは、調査対象の把握から、予備検索を実施し、さらに、本検索の検索式を立案するまでです。検索式を立案したら、自分が立案した検索式に引用文献がヒットしていたか否かを確認して、以下の検証ポイントについて考察します。
<検証と確認のポイント>
- どんな検索式で引用文献はヒットしましたか?
- どんな絞り込みの工夫をすれば、より少ないヒット件数で引用文献をヒットさせられますか?
- 複数アプローチした検索式の中で、どの検索式がヒットして、どの検索式はヒットしなかったですか?
- どんな検索式を立てると引用文献はヒットしなくなってしまいますか?
各自で検索式の立案を行い、さらに引用文献との検証(答え合わせ)が終わったら、参加メンバーが集まり、得られた知見を報告しあい、さらに意見交換を行います。
このように、他人の検索式の立て方を見て勉強し、得られた知見を共有することで、参加メンバーの検索スキルを向上させることがこの活動の目的です。
(2)発明の認定と検索式の立案
それでは、特開2018-075465「ネイルパーツ」を題材にした検索事例研究について紹介します。まず初めに、公開特許公報を読んで、調査対象となる【請求項1】の内容を確認します。【請求項1】は付け爪に装飾されるネイルパーツであり、ネイルパーツを爪に対して着脱自在にする構造が特徴となっています。実際の【請求項1】とそのポイントを図18に示しました。
次に、検索式の「基本設計」として、検索に用いる概念と、検索式で表現する概念の掛け合わせを明確にします。その後、「予備検索」を実施して関連する特許分類を選定し、選定した特許分類を使った「本検索の検索式」を立案します。
この特許検索事例研究の目的は、あくまで、特許サーチャーのスキルアップのためのトレーニングであり、実益を生み出す実務とは異なります。そうした事情を考えると、例えば、検索式立案までの時間は1時間を目途に作業を行うというルールで実施することをお勧めします。
(3)検索式持ち寄り報告会
参加メンバーの検索式の立案と検証が終わったら、その結果を持ち寄って報告会を開催します。メンバー全員が同一の報告様式の帳票に基づいて、基本設計の内容、予備検索のアプローチ、本検索の検索式と引用文献のヒットの有無について報告しあうとともに、検証により得られた知見や感想についても報告します。報告会のイメージができるよう、それぞれのメンバーが記載した帳票を図19に示します。
(4)題材公報と引用文献との対比
さらに、活動の中で共有化すべきノウハウは、題材公報と引用文献とを対比して得られる知見です。図20のような対比表を作成して検討します。
この事例の対比表では、題材公報と対比する引用文献に加えて、検索報告書で「X(エックス)カテゴリ:新規性なし」として抽出された3件の公報を加えて対比しています。
特許分類について比較してみると、5件全てに共通して付与されているFIとして「A45D31/00:人造のつめ」が認められました。Fタームについては「3B114DD01:装身具の付ける場所が爪」が、引用文献には付与されていませんでしたが、5件の関連公報のうち、3件の公報に付与されていました。
キーワードについては、「着脱」可能に「固定」されているという特徴を表すキーワードについて比較してみると、「固定」については「取付」「嵌め込む」「固着」のように記載されており、5件ともバラバラな表現になっています。「着脱」については、5件中の3件で使われていましたが、他の2件には使われていませんでした。
(5)検索報告書からの学び
さらに、検索報告書から得られる知見についても共有します。図21には検索報告書の中に記載されている、「検索論理式」と「スクリーニングサーチの結果」を示しました。
「検索論理式」を確認すると、図20の対比表で共通して付与されていたFIの「A45D31/00:人造のつめ」と、共通して付与されていたFタームの「3B114DD01:装身具の付ける場所が爪」が検索式に採用されていました。また、検索に用いられたキーワードとしては、「固定部材」という言葉は使われず、固定部材の具体的な物を示す「ボルト、ナット、ネジ、螺合」といったキーワードが使われていました。
「スクリーニングサーチの結果」を確認すると、国内特許調査により7件の提示文献が抽出され、そのうち、4件の文献が代表カテゴリ「X(エックス)カテゴリ:新規性なし」として抽出されています。このX(エックス)カテゴリの4件の中から、No.3の「実用新案登録第3147879号公報」が引用文献として採用されました。
(6)推奨検索式と学びのポイント
最後に、活動のまとめとして、今回の題材において、是非とも実施したい推奨検索式と学びのポイントを整理します。図22に、実行したい検索式の例と今回の事例から学んだポイントを示しています。
推奨検索式としては、FIを使った検索式(S1)と、Fタームのみを指定した検索式(S2)と、キーワード指定のみで作成した検索式(S3)の、最低でも3つのラインで多面的にした検索式で検索を行えば、適度な件数に抑えながら、引用文献も題材文献もカバーすることができます。
学びのポイントとしては、キーワード類義語展開に関する知見と、キーワード指定のみの検索式を加えることと、「構造からのアプローチ」と「機能からのアプローチ」を行うことの重要性の3つを選定しました。
このように活動成果をまとめて整理して蓄積しておけば、将来の特許サーチャー育成のための教材として活用できるのではないでしょうか。拒絶理由に学ぶ特許検索事例研究の活動を特許調査スキルの向上にお役立てください。
今回の特許検索講座の解説は以上です。今回で「上級編」の説明が終了しました。次回からは「パテントマップ編」にステージを変えて解説していきます。
以上