その7 特許ポートフォリオを構築する

特許調査の結果を、見やすく、分かりやすく、一目で把握しやすくするツールとしてパテントマップがあります。特許調査により抽出された関連特許群の全体像を把握するとともに、個々の特許の中身を示して「見える化」するために、パテントマップを作成し、さらに、作成したパテントマップを活用して、知財活動や研究開発活動に生かしていくことは事業の発展に役立ちます。

この講座では、抽出した特許のポイントを要約するとともに、技術分類を設定しながら層別体系化した関連特許一覧表の作成から始まり、全体像を把握するための技術系統分布図や、技術のトレンドを把握するための時系列流れ図の作成するプロセスについて解説します。さらに、パテントマップを活用して開発テーマを模索したり、特許ポートフォリオ(特許網)を構築する事例についても紹介します。

7.特許ポートフォリオを構築する

新製品の発売当初は市場を独占できても、後発企業の改良技術が市場で評価され、顧客から改良技術の使用を求められると、最終的に先発企業は、先発の基本発明を後発に提供してでも後発の改良発明のライセンスを取得するという、いわゆるクロスライセンスに応じざるを得ない事態に陥ります。
したがって、あなたの会社が開発後追い型の場合は、先発企業の知的財産を侵害しないように徹底的なリスク回避の努力をするとともに、有用な改良発明を創出して先発企業との差別化を図り、機会を見てクロスライセンスを取得するという戦略を展開すべきです。
一方、あなたの会社が開発先行型企業の場合は、開発初期段階で特許ポートフォリオの構築を図るとともに、将来のビジネスの自由度を確保するために、常に先行して計画的な改良発明の創出を徹底的に行い、より強い特許ポートフォリオへの改良を続けていく必要があります。

図15では、もう少しわかりやすい具体的な事例で説明します。「ミカン箱の机」しか存在していなかった時代に、画期的な「足つき机」が開発され特許出願されたとします。その画期的な特許出願を「コア特許A」としましょう。コア特許Aだけを特許出願しても安心してはいけません。後発のライバル社が改良発明として「夜でも作業ができる照明付き机」「書籍を収容できる本箱付き机」「作業場所を自由に移動させることが可能なキャスター付き机」「前方から足元を見えなくする目隠し付き机」「文具、工具を収納できる引き出し付き机」などを後から特許出願して自分の特許にされてしまうと、先発であるあなたの会社は、いくら基本特許であるコア特許Aを保有していてもこれらの改良発明を実施することはできないのです。

図15 コア特許Aから展開される発明

図15 コア特許Aから展開される発明

例えば、客先から「夜にも作業をしたいから机に照明を付けてくれ」といった要望が出ても、照明付き机を後発のライバル社の許可なく製造販売することはできません。照明付き机はライバル社の独占権なのです。ただし、後発のライバル社は照明付き机の特許権を保有していても、先発であるあなたの会社が保有する基本特許を利用しないと実施できませんので、基本特許のライセンスを受けないとライバル社も照明付き机を製造販売することはできません。そうなると、「照明付き机が欲しい」というお客様を放っておく訳にはいきませんので、先発であるあなたの会社の基本特許と後発のライバル会社の改良特許とを相互に利用可能とするクロスライセンスを締結することになるのです。あなたの会社がベンチャー企業で、ライバル社が大手上場企業であったとすると、基本特許を利用する権利を得た大手ライバル企業は資金力と販売網をフルに活用して、様々なバリエーションの足つき机をラインナップに加え、足つき机の市場を席巻してしまうのです。

この足つき机の事例をご理解いただければ、優れた特許ポートフォリオを形成することの重要性がお分かりいただけると思います。そして、先発メーカーと後発メーカーのそれぞれが採るべき知財戦略についてもご理解いただけると思います。

そこで、次は、実際に特許ポートフォリオを構築していった事例を紹介します。

ここで紹介する事例は、ベンチャー企業S社の飛散性アスベスト処理技術を核とする新規事業を提案する際に、その新規事業を守るべき特許アイデアを創出し、特許による参入障壁を構築しようとした事例です。

まずは、飛散性アスベストの封じ込め回収技術に関連する特許を収集分析し、どのような参入プレイヤーがいるのか、特許出願が集中している分野はどこか、逆に、特許出願が手薄な分野はどこか、といった点を見極めていきました。また、ベンチャーS社の特許の周辺他社特許に対する位置づけ(ポジショニング)を確認するために、図16に示した技術系統分布図を作成しました。

図16 ベンチャーS社特許のポジショニングマップ

図16 ベンチャーS社特許のポジショニングマップ

そうすると、ただ単にアスベストを封じ込めて回収するだけで完結している特許出願は多く見られましたが、再資源化までを見据えた封じ込め回収技術に関する特許は未だ少なく、大手企業も検討していないことが分かりました。さらに、ベンチャー企業S社の技術の特徴である「再資源化処理を焼成により行うことで、大規模、高エネルギー、高コストとなる溶融炉を必要としない」という点に着目し、「低コストで再資源化までを行う飛散性アスベストの封じ込め再資源化技術」というコンセプトを設定し、このコンセプトを実現するアイデア創出活動を行い、特許ポートフォリオを構築することにしました。

アイデア創出活動の場面では、図16の技術系統分布図を持ち込み、トリガー情報として得られる既存技術を水平展開や垂直展開しながら、代替技術、周辺技術、改良技術、先取り技術、待ち伏せ技術になりそうなアイデアをブレインストーミングにより創出しました。

複数回のブレインストーミングの実施により、図17の点線で囲った「低コスト、省エネで再資源化するアイデア」として、焼成以外の水素結合を破壊する各種アイデアが新たに創出されました。そして、創出されたアイデアについては先行技術調査を実施して、新規性が確認された6件のアイデアについて特許出願を行うことが可能であることが分かりました。

図17 創出アイデア追記後の技術系統分布図

図17 創出アイデア追記後の技術系統分布図

創出されたアイデアを技術系統分布図に追記補充することにより、どの部分のアイデアが重点的に創出されたのか?であるとか、全体における特許網の分布バランス、さらには、他社と自社との勢力分布などについて、ひと目で確認することができます。

以上の活動により、ベンチャー企業S社の「点」の特許を保護する「面」の特許ポートフォリオが構築され、他社からの参入障壁を作ることができました

これまで説明したとおり、後発参入であっても、技術系統分布図を作成して現状の特許ポートフォリオを確認することから始めて、さらには、作成した技術系統分布図を使って自社の独自性をアピールするポイントにフォーカスしたアイデア創出活動を行いながら、自社特許網を構築していくことで、将来的なシェアを確保し向上することができると思います。

今回の特許検索講座の解説は以上です。今回で「パテントマップ編」の説明が終了しました。次回からは「応用編」にステージを移して、特許調査の精度を高めるテクニックについて解説していきます。

以上